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ODA改革(技術援助)のための一提言 「技術移転は人質移転」中田語録 |
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ODA改革(技術援助)のための一提言 経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)が昨年(2001年)4月23日発表した2千年の政府開発援助(ODA)実績(暫定値)によると、日本は130億6千万ドルで、前年比14.8%減少した。前年度実績割れは3年ぶりで、アジア通貨危機の収束を受け、国際機関向けの拠出が大幅に減ったのが主因である。しかし、日本の供与額はODA全体の4分の一を占め、10年連続で世界一の座を維持したのである。
ODAの基本精神は国際協調をうたった憲法前文にあるといわれる。「ODAは国際社会で日本と言う国と国民を映し出す鏡」であり、資金力だけでなく、「人格、知力、心を兼ね備えたODA」に転換すべきであると、その将来像を描いた報告書が外相の私的懇談会の手でまとめられ、報告されたこともある関心事なのである。周知のように、ODAは贈与、無償資金協力、技術援助、貸付金の二国間援助を目的とする国際機関への資金拠出金の形態をとっている。日本政府外交政策の重要な柱として増加し増加し続けたODAも、経済不調の背景もあり、見直し機運にある。 1970年の国連総会において、ODAは供与国の国民総生産の0.7%目標とされ、日本はこの線で総額を決め、以来、右片上がりの経済成長に比例して増額し続けたが,今回は0.27%になっている。円ベースの供与額では1兆4081億円である。
因みに、DCA加盟22カ国のODA総額は前年度比6.0%減の530億6千万ドル、国別の2位は米国(95億8千万ドル)、3位はドイツ(50億3千万ドル)になっている。 当然のことながら、ODA改革の基本は、「援助資金が有効に使われているか否か」であり、援助内容と方法の見直しと途上国側に立った評価が至急実施されなければならないと常日頃考えていた。この度、OECDの発表を見て,JICA技術協力個別派遣専門家としてブにラジル渡り、支援終了後,個人的に残留,ブラジル科学技術省の好意により、永久ビザを取得し、個人として支援業務を継続中の立場から、ODA改革の提言を試みることにした。 私の担当分野は技術援助,この中「生産性向上支援」であり,数多い支援の中では非常に限定された,狭い分野のため、群盲象を評す、の謗りを受けるかもしれない。しかし、限定され,狭いがゆえに,具体的提言も可能になり,類推,応用することによって他の技術支援活動の支援効率も大幅に改善できると考えているのが本音である。
私の海外技術支援は昭和52年,韓国生産技術事業団(KOPTEC)からの要請が最初である。 その後、この事業団は韓国中小企業振興公団(SMIPC)に吸収合併されたが1988年ソウルオリンピックまで支援が継続された。並行して,台湾中国生産力中心(CPC)での現場改善及び新製品開発技法の指導、ロシア生産センター支援,アジア生産性機構(APO)による香港支援,海外技術者研修協会(AOTS)によるブラジル,アルゼンチン企業の現場指導,セミナー開催、東欧6カ国での生産性モデル企業選定診断,シンガポール国家生産庁(NPB/JICAプロジェクト)支援、日本貿易振興協会(JETRO)によるインド工作機械製造企業診断及び講演会開催など等数多くの国々,企業での技術支援を実施してきた。加えて,海外技術協力は人つくりの観点から,日本政府ルート,個人ルート依頼による海外の若い技術者を川口の私の技術士事務所に受け入れ指導してきたが、これも立派な国際交流と自負しているところである。 韓国からは,大手プリント基板メーカの社員,機械製造企業の社長の子息など5人、インドネシア政府職員(研究員),マレーシア,プラッチク加工業社員、バングデッシュ及びスリランカ、中国北京冶金機電学院の大学生など合計10人である。 その後,1993年12月から1995年12月までJICA技術協力支援,個別派遣専門家としてブラジル/サンパウロ技術研究所(IPT)を中心に活動し、ブラジル科学技術省の好意で永久ビザを取得、人材育成の為の企業を設立、残留し「人つくり」活動を継続し9年目が進行中である。 以上の海外技術協力の経験をベースに新しい技術協力のあり方についての提言を行おうとするものである。
1. プロジェクト方式の廃止,縮小化 JICA技術協力はプロジェクト方式と個別派遣方式の2本立てになっている。前者は,相手国の要請に基づいて、数人から10数人程度の専門家グループを編成、支援業務にあたる方式であり、この中に、チーフ(リーダ-)と調整員をおくのが一般的である。プロジェクトによっては、専門家がチーフを兼務する場合もある。 他方、後者は技術協力要請の内容が限定されている場合、その分野に詳しい専門家を選定、派遣する場合である。
周知のように、最近の技術協力は「人造り」支援中心に移行中であり、従来の設備供与は縮小傾向になっている。生産性向上支援においては顕著である。従って、技術協力の成否は人造りの視点で評価すべきものと考える。因みに、生産性における上位目標は「当該国において、生産性活動を普及浸透させる」ことであり、その目的は「カウンターパート(C/P)が生産性技法を体得する」となっている。
結局、技術協力は、この目標、目的を達成出来たか否かによって評価すべきで、金額の多寡,派遣人員の多少、期間の長短などは大して問題にならない。支援終了時に、目的にかなうC/Pが何人、当該国で育成され、目標に添った活動を展開しているかが問われるものと考える。日本における生産性向上運動は,1965年(昭和30年)労・使・中立の民間機関として日本生産性本部(JPC)が発足し、生産性向上運動三原則を掲げて,国民運動として生産性運動を展開したことに始まる。今日では、雇用の促進、労使協議、成果の公生分配と表現し、生産性の三本柱として認知されている。詳しく書けば、次のようになる。 * 生産性の向上は究極において雇用を増大する。過渡的な過剰人員は配置転換などで出来る限り失業を防止する。 * 生産性向上のための具体的方式は、労使協力して、研究協議する。 * 生産性向上の諸成果は、経営者、労働者、消費者に国民経済の実情に応じて、公生に分配される。 この当時(昭和33年)の機械工業の出荷額やあ賃金に関する数字を見ると、従業員一人当たりの出荷額は,日本97万9千円、米国513万円(5倍強)、一人当たりの賃金は、日本18万2千円、米国164万2千円(9倍強以上)であった。米国並みの給料になる為には、一人当たりの生産量を米国並みに増やせば良いことに気付いた日本は、生産性を向上させて豊かになる道に入り、国民一丸,努力して今日の繁栄の元を作ったのである。 当時,日本生産性本部の会長であった郷司浩平先生は次のような言葉を残している。
「生産性運動は人間性をベースに始まった。高度に発達した市場経済はややもすると人間性を無視する傾向がある。生産性運動に携わる我々は、人間性と経済的効率とを高い次元で統合するよう努力しなければならない」
先述のように、ODAは日本外交政策の柱であるが、中でも技術協力は太い柱であり、必要不可欠の支援である。見直し提言の第一に取り上げたのはプロジェクト方式であるが、援助金額が非常に大きくなるという点である。 因みに、「ブラジル生産性向上」プロジェクトの実績では、5年間で総額、9億1千万円になっている。このプロジェクトは業務調整のために、個別派遣専門家が2年間事前派遣されており、2年間で5千万円、合計9億6千万円(推定)である。同テーマによるシンガポール・プロジェクトの場合は、2年間の延長を加えて、合計7年間、資料が手元にないので不明であるが、鈴木善幸首相、リー・クワン・ユー首相、郷司浩平先生達が直接関与した大型プロジェクトであったことを勘案すれば、これを越えていることは間違いない。
他方、プロジェクト方式に対応するのが、個別派遣方式であり、サンパウロ技術研究所(IPT)の「生産性向上支援」はこの方式、任期は2年間であった。成果の比較方法などは後述するとして、ここでは援助金額についてのみ述べる。東京市ヶ谷での派遣前研修、派遣、一時帰国及び終了時帰国旅費、任地生活費、などなど一切を含めて専門家一人当たり、月額最大200万円と仮定すれば、2年間合計4千8百万円、つまり約5千万円レベルと推定する。 従って、単純にプロジェクト方式と個別派遣方式の援助金額のみの比較をすれば、20:1、前者は後者の約20倍の実績と見ていいだろう。 さて、このような比較をすれば、即、次のような反論、意見がありそうなので、補足しておく。 ● プロジェクトは多人数だから、金額の多いのは当然である。因みに、ブラジル・プロジェクト実績では、長期派遣12人、短期派遣述べ人員22人である。 ● プロジェクトは5年間、個別派遣は2年間、金額を比較しても意味がない。 そこで、プロジェクト方式と個別派遣方式を「ブラジル生産性向上」テーマにしぼり、その成果について比較してみる。 先述のように、技術協力の成否は人造りの視点で評価し、目標、目的を達成出来たか否かなのである。
初めに、ブラジル生産性プロジェクトについて述べる。周知のように、プロジェクトの実施機関は零小企業支援サービス(SEBRAE)である。明確に言えば、ローカルコストの出資担当で有った。故に、前半でのC/Pは全国のSEBRAEから派遣された職員を中心に編成されたテンポラリーC/Pであった。彼らは約2年余の研修を終えて夫々出身の機関に戻っているが、その間、理論、座学のみの研修であり、生産性技法を体得したとは云えない。なぜなら、ブラジルに於いては、既に20年以上まえから、日本科学技術連盟(JUSE)、海外貿易開発協会(JODC)及びJETROルートにより、べロ・オリゾンテに本拠を置くFCO財団が日本よりTQC(現TQM)を導入、普及浸透しており、トヨタ生産方式(JIT)については企業ルートによって入り、5S理論及び実践について知らない企業・人を探すのに苦労するほどである。
全員参加生産保全(TPM)については、10数年前、日本プラントメンテナンス協会、中島清一氏が來伯、講演会、診断などを開催し、日本で研修・実践した伯国人専門家が普及活動を行っており、有名企業・プレーリー社は日本のPM賞を受賞している。 このような中で、SEBRAE派遣中心のC/Pは殆ど生産性活動の未経験者、先の事情を知らなかった人々、情報が全くなかったか、少ない人々であったようなので、理論、座学のみであったとはいえ、それなりに有効な研修であったと評価はする。
しかし、当然のことながら、生産活動における理論と実践は表裏一体、車の両輪である。 その意味で、プロジェクトの上位目標、目的に照らしてもOJTのない約二年間は返す返すも残念な期間であったと考える。 加えて、リーダー交代にあわせてOJTの導入を計ったのであるが、選択したモデル企業の業種バランスが不良であった。 先ず、企業規模の問題である。プロジェクト実施機関がSEBRAEであったということは理解しても、OJTによる研修であるからには、零細・中小企業から大企業に至るモデルを万遍なく選択すべきなのである。
次は業種の問題である。生産性向上活動の必要性は業種を問わない。国、州、都市などの諸機関、企業にについては、機械、電機、電気、化学、土木建設、食品、雑貨、木工、事務機器等などは勿論、ホテル、商社、金融、農業及び漁業等など企業活動をしているすべてに該当する。 ブラジル生産プロジェクトの場合、モデル企業は木工業、事務機器などに集中し、ほかにサービス業の一部が選択されたにすぎない。現在IBQP(ブラジル生産センター)には4人の企業指導コンサルタントがおり、この中の三人は最近入所の新人、日本C/P研修に参加した17人のうち、活動しているC/Pは1人、このC/Pも近々退職予定であるが、企業において、生産性向上活動を継続するので、かろうじて残留者ゼロは防げたことになる。
次は、個別派遣専門家による、サンパウロ技術研究所(IPT)での生産性向上支援である。 このケースでは、当初のC/P(一次)は、IPT受け入れ側の職員一名のみであった。IPT側との計画作成段階に於いて、二次C/Pの必要性で合意、一般公募することに決定、公募の為の講演会の中で計画内容、条件、特に、IPTと二次C/P間の業務条件、契約方法、報酬など、を発表し、応募約50名の中から22名を選出、IPT側より職員3名、サンパウロ大学から1名、合計26名を二次C/Pにきめたのである。 この後、専門家の作成した支援テキストにより、C/P26名に対し、一週間の速成研修会(半日の企業見学を含む)を実施、ここで、OJT方式に切り替え、月2回、第2、第4火曜日、夜6時から9時半を専門家とC/P間の意見交換、生産性測定結果による支援方法の修正及びコミニケーションなどに当てることにした。 C/P公募セミナーの直後、ブラジル工学協会(IE)を会場に約500名の参加者による、生産性モデル企業募集の為の講演会を実施、当日、終了夕方に二社の申し込みがあった。いずれも、2000名を越える大手上場企業であった。
その後、二ヶ月程度の間に12社のモデル企業を決定、企業とIPT間で支援契約(有料、期間は1年間)、二次C/P各2名が企業に張り付き、訪問、生産性指導を開始した。派遣専門家は、スタート直後は大忙し、全企業に同行し、社内セミナー、診断及び評価などに協力した。この中にはサンパウロ州道路公団も含まれている。結局、支援終了まで、約30社と契約している。 JICA支援終了後、一次C/P、二次C/Pの中のIPT職員、USP(サンパウロ大学)の先生は、現在、教育の場で、二次C/Pの中の8名は企業内で、15名は独立コンサルタントとして、伯国内企業の生産性向上の為に活動している。この人々はJICA支援9年後であるのに、毎年1-2回集まって、勉強、情報交換、コミニュケーションを計っている。
モデル企業だった大手企業の1社は、IPTとの契約切れと同時に、2名のC/Pと継続契約し、活動を続けていた。他の大手1社は、現在でも生産性活動を進展させ、残留した派遣専門家(中田)と2003年3月までの業務契約(IPT支援から通算9年目)を結んでいる。 以上の活動の他、伯国着任と同時に、JICA主催の日系工業移住者協会、生産性向上セミナーるを開催した。その後、AOTSサンパウロ同窓会に対し「5Sの進め方」、「TPM(全員参加生産保全)活動の進め方」のテーマで夫々5日間、午後6時から10時、サンパウロ大学会場、サルバドール5S講演会、大手石油公団ペトロブラス社、精油所、リオ海上プラットホームでの講演会と診断・指導、AOTSリオ・デ・ジャネイロ同窓会及びアルゼンチン同窓会への生産性向上講演会などを実施している。
さて、活動内容の比較が終わったところで、主題に戻るが、提言としては、シンガポール生産性向上プロジェクトのような、大型支援は例外的に考慮するとして、プロジェクト方式は全廃する。一般的支援は、原則として個別派遣方式にする。従来のミニプロジェクト方式も廃止し、個別専門家を複数派遣する方式に変更する。 当然のことながら、現場改善、品質管理、生産性分析及び人事管理・労使問題など全部に詳しい専門家は存在しないので、当該国の要求に合わせて人選をすることになる。 生産性向上支援を例にあげた、この提言の考え方は、他の全ての技術協力に適合させることが可能である。
「技術移転は人質移転」、支援の成果は派遣専門家の質によって左右されるといっても過言ではない。技術協力は元来個人で十分なのであり、幅広い分野を網羅する生産性支援は、むしろ、例外なのである。多人数で派遣すれば、必然的にリーダー、チーフも必要になり、調整員の仕事も発生する。チーフが専門家を兼務の場合も多いが、専門知識を持たないチーフが官庁などから派遣されているのを見ると、この人選方法が慣例化されているのではないか、と思えるほどである。
いずれにしても、本提言の実現には少し時間が必要になるので、どうしてもプロジェクト方式になる場合は、チーフに経営経験の豊富な人、技術力の高い人、政治力のある人を送り、当該国の計画、進展に欠点を発見したら、可及的速やかに、日本側本部と協力して進言、改良させる力量が欲しいところである。日本側としても「金、人も出すが、口も出す(意見具申)」意気込みが必要である。この件、必要がある場合、契約書、覚書にキチンと記載すべきである。 さて、以上の提言を実現するためには、いくつかの条件を整備する必要があるので、以下に詳述する。
○ 対応本部室の設立 一般的に考えると、現場改善から労使問題まで全ての要求に対応できる専門家は不在である。しかし、生産性支援である以上、必ず全部に関係するので、全世界で展開する例外として残されたプロジェクト、個別派遣複数方式及び個別派遣の専門家を支援するための対応本部室を、社会経済生産性本部内に新設する。
プロジェクト廃止、縮小によってODA予算は、大幅圧縮されるので、ここから設立資金を捻出、本部設立、運営費にあてる。生産性支援は他の技術協力に比較しても、より、豊富な経験が必要であるが、JICA派遣専門家年齢上限は67歳までと規定されており、これ以上の人はシニア専門家以外は派遣されない。このような、人材を対応本部室に登録参加して頂き、海外で発生する様々な問題に素早く対応する。 幸い世は将にインターネット時代、米国西海岸の大学の授業をニューヨーク・マンハッタンで受講できる時代である。任地で孤軍奮闘する専門家は発生する諸問題、必要情報の入手を本部との交信により解決する。 例えば、生産性支援の現場改善では、工場内のレイアウトの問題とか、設備改善,レトロフィチング(古い機械を改造してNC・数値制御化などすること)の要求とかが発生する。 この場面で、解決不可能と判断したら、現地専門家は製品図面及び写真、工場の設備配置図及び写真などを映像、デジタルカメラに収め、メールで本部に送信する。 日本の対応本部室では内容によって仕事を分担、現地の要求に応える。短期専門家予算は従来以上に確保し、講演会講師、現場指導に派遣する。本部室と現地専門家との交流によって、報告書によらずとも、計画、進展状況、軌道修正などを知ることになり、指導、支援効率の向上になること確実である。
以上、生産性向上支援を例に対応本部室設立について述べたが、当然、他の技術協力の場合も適合させることになる。私の推測では、難易度では生産性支援がトップで、これ以外の技術協力は産・学・官協力の輪を拡大するなどの工夫によって、また、先の高齢、シニア専門家たちの応援を得ることによって、個別派遣方式か、個別派遣複数方式で十分対応可能と考える。
○ 資料、マニュアルの整理、統合 技術協力の個別派遣はJICAとの直接契約になっている。生産性支援の場合も例外ではなく、人選は委嘱されているとしても、社会経済生産性本部は直接関与しない。プロジェクト方式でもチーフ、調整員は官庁から人選される場合が多い。 このような中で、技術協力を推進するとき、重要なものは、マニュアルである。生産性支援の例では、先述の現場改善、品質管理、生産管理、生産性分析及び人事管理、労使問題など技術移転に使うマニュアル、テキストは理論編については、社会経済生産性本部(以下・JPC-SEDと呼称)で夫々整理、統合し日本語、英語二ヶ国語で作成しておく必要がある。同時に、テキスト後半に実践編を付けて、JPC-SEDで収集できる具体例を列挙する。私の経験でも、理論を裏付けする実践具体例があるとよろこばれる。
シンガポール・国家生産庁(NPB)プロジェクト、ブラジル生産性向上(IBQP)プロジェクトおよびサンパウロ技術研究所(IPT)生産性支援のケースでも、派遣された専門家のTQC,TQM,5S,JIT及びTPMなど様々な資料が翻訳、使用されている。 一般的には、出所が同じであるからには、本来、理論は同じの筈なのに、実際は、企業によって、専門家によって、取捨選択され、細部で変わってくる。 例えば、5Sであるが、戦後、日本が実施してきた5Sを、1985年、日刊工業新聞社発行「5Sテクニック」(10年間で25再販)の中で、私が新しい5Sを発表し、清掃を清掃点検、これまでの躾は他の4Sと並列に扱っていたものを、「躾が第一で進める5S運動」とし、躾と他の4Sを直列上下の関係に変えている。この本の中で西堀栄三郎先生も同様の意見をのべている。
また、古く、航空自衛隊の学校長であった、中井川正勝先生は航空機保全の苦労と米国視察の経験から不良ゼロ・故障ゼロをベースにした経営改善を目指す「スキル管理」を発表したのである。後に、先生の指導を受けていた日本能率協会の中島清一氏他の人々は、スキル管理をベースに「全員参加生産保全(TPM)」を提唱し、活動している。 そこで、JPC-SEDにおいても、支援各項目別にマニュアルを整備し、派遣専門家は、事前にそれを再学習し、持参して支援に入る。専門家の経験は実践で発揮されるので問題はない。
○ 実践中心の技術移転 生産性向上支援に限らず、殆どの技術移転協力において、単なる理論、座学中心の指導よりも、実践中心の指導の方が効果があるといわれる。 特に、技術の世界では、 know how(ノウ・ハウ)という用語が用いられるが、この意味は「潜在して保有する性能、能力のこと」である。つまり、潜在しているため、外部からは見えない。見えないものを理論だけでは教えにくいので、実践して身体で覚えてもらう、体得してもらう以外にない。
上位目標「生産性向上活動を普及浸透させる」及び、目的である「カウンターパート(以下・C/Pと呼ぶ)が生産性技法を身に付ける」を、合理的に達成する近道は、理論、座学を出来るだけ早めに切り上げ,後は学びながら実践していくOJT方式が最良である。現場で発生する問題を解決していくために、零細、中小及び大企業の可能な限り広い分野のジャンルから支援モデルを選択し、C/Pに実践させることである。
○ 日本研修の廃止・縮小についての提言 当該国のC/Pを日本に派遣し、日本文化、日本人の物の見方、考え方を知る、JPC-SED専門家による生産性情報の提供、企業見学旅行などのプログラムはC/Pにとって有意義、思い出深いものと推想する。 しかし、job-hopを常とする外国の場合、残留したり、企業に移っても生産性活動に参加、寄与する人は非常に少ない。現に、ブラジルIBQPにおいて、日本研修を終了して帰国した17名のうち、残留している者、わずか1名(2001年8月・現在、その後転職しゼロ)である。 調査の結果、その後の業務は、市役所教育局、州・技術研究所など生産性支援に直接関係のない所への転職が多かった。
そこで、提言として、日本での研修を全面廃止か、縮小し、先進モデル企業を現地に求め、研修セミナーは逆にJPC-SEDから短期専門家を派遣する。例えば、ブラジルの場合、トヨタ、ホンダなどもあり、パラナ州には、日本電装、イグアス・コーフィー(丸紅系)など多数あり、見学企業に事欠かない。中南米をひとつにして、第三国研修も可能である。 JPC-SEDに対応本部室が設置されれば、本提言の実現も早まるものと考える。
○ 技術協力全般と本提言の相関について 今回の報告は「在外公館による経済技術協力評価」事業のうち、ブラジル生産性向上プロジェクトの調査結果によっている。私の担当(海外技術協力)は常に、生産性向上支援中心であったため、提言の中味も、比較事例もそうなっている。 先に、「技術協力は元来個人で十分なのであり、幅広い分野を網羅する生産性支援は、むしろ例外なのである」と書いたが、その根拠はつぎの通りである。 少し、専門的な技術移転、協力及び人造りの話になるのでご容赦願いたい。
① 超音波振動切削の技術移転 昭和30年(1955年)ごろ、東京工業大学の隈部淳一郎先生が「振動切削理論」という新しい切削方法を学会で発表、注目されたことがある。これは、それまでの常識をやぶり、切削工具に8000Hzから2万Hz、振幅15μの強制振動を与え、切削を行うほうしきである。隈部先生はこの理論と応用で学位をとり、東工大助教授、理化学研究所、宇都宮大学教授になり、大河内記念賞、日本機械学会賞などを受賞している。 さて、当時、私の勤務していた機械製造会社が、この技術に着目、工作機械に応用するための研究室を開設、8人の社員が技術部から派遣されたのである。発足後、数ヶ月間は、理論、座学の期間。日本、欧米の普通切削理論、切削工具、切削油、市販されている工作機械、など隈部理論の学習も含めて勉強した。 これが終了すると、即、実践。工作機械には、旋盤、フライス盤、中ぐり盤、ボール盤、ブローチ盤及びネジたて盤など多種類の機械があり、優先順位を決め、夫々担当社者を決めて、応用研究にはいった。当時、隈部先生は大学の助手のため卒論学生の指導を担当、他に、鉄鋼会社、通信機メーカー、建設機械、工作機械メーカー等から、応用研究開発の要請があり、研究室は大賑わいの有様。にもかかわらず、先生は、学生,われわれ、派遣研究員に応用研究主題を与え、あたかも岐阜・長良川の鵜匠が数本の綱を上手に操るように接していたものである。 その後、学生の数人は企業から大学に戻り教授、建設機械社員は研究所、工学博士、当社社員は同業他社に移り、昇進、私は、技術士試験合格、事務所開設、国の内外で研究開発・生産性向上をテーマに活動中である。将に、技術移転は人質移転の典型的事例。
② 材料技術開発(超合金、セラミック開発)プロジェクト 1994年ごろ、サンパウロ技術研究所(IPT)支援実施の成功プロジェクトであるが、チーフは専門家(工学博士)が兼務している。当時、最新の金属溶解炉の設備供与もあり、製造会社から据付、取り扱い説明、指導のための専門家が派遣されていた。5年間で長期専門家2名。筑波の金属研究所に支援本部があり、派遣専門家の力量不足、情報不足を補佐していたようであり、短期専門家も本部で選定、派遣していた。このケースの場合も、プロジェクト方式ではなく、個別専門家複数派遣方式が適合でき、5年間に2名派遣された調整員も不要になる。
③ ブラジル・りんご生産プロジェクト 約30年前、ブラジルは果物王国だったにもかかわらず、りんごは、輸入国であった。JICA協力開始同時に、長野県の後沢博士が来伯、産地選定から着手、南伯サンタカタリーナ州・サンジョアキン周辺でりんご造りをはじめたのである。最近の吉田専門家(フジりんご命名者、数年前サンパウロにて入病、死亡)に至る支援苦労の結果、今日ではサンパウロ野菜市場に日本原産フジが販売されている。94年、後沢博士のC/P、つまり、農業試験場の研究員、農家の人々を中心に感謝の気持ちの表れとして胸像が作られ、除幕式には日本から博士未亡人も出席し、先生の遺徳を偲んだのである。 技術移転は人質移転、先生の人柄、熱意、技術力、道徳性が伯国農家、研究員に移転され、結果として、今日の成功に繋がっている。 このケースも期間は長いが、個別専門家複数派遣方式で十分対応可能である。 しかし、先の提言の中に、「日本研修の廃止、縮小」があるが、りんご造り支援初期段階においては、伯国研究員、農家をりんご産地、青森、長野などで研修させることは、むしろ、必要不可欠なことである。りんご産地でなければOJTが出来ない理屈である。要は、支援内容をみて、ケース・バイ・ケース、で対応すれば問題はない。 従来、個別派遣の期間は2年間が原則、延長は必要に応じて1年ごとに延長申請を提出、決定・却下していたが、個別派遣方式あるいは複数派遣方式になったならば、期間を2年間原則、5年間原則の2本立てとし、現行どおり延長を認めることが望ましい。
○ まとめ 本報告、提言の中で登場する支援金額はブラジル生産性プロジェクト以外はかなり大雑把である。また、個別派遣専門家の経費約200万円/月 は多すぎるかもしれない。とすれば、20倍を大幅に越える可能性もあり、プロジェクト方式の支援効率がさらに悪い結果になる。今回の提言目的がODAのなかの技術協力を「より少ない金額及び人員で、より効果的成果をあげる」ことにあるため、具体的数字が必要だったので「在外公館による経済技術協力評価」の調査結果を使用した。 私は技術士であり、この仕事は「技術士法」という法律に規定されている。第45条は秘密保持義務を示し、正当な理由なく、其の業務で知りえた秘密を漏らし、盗用してはならない制約がある。第59条は罰則規定、違反すれば1年以下の懲役または50万円以下の罰金になり、技術士会除名も考えられる。このような、制約を承知の上で、提言を試みていることを理解してほしい。
(1) 特例以外のプロジェクト方式全廃、個別派遣方式及び複数派遣方式の採用によって、支援金額が大幅圧縮になる。生産性支援プロジェクトと個別派遣との比較で、20:1から5:1レベル。 (2) 支援本部室の設立、充実によって、より効率的な支援が出来る。同時に、個人的事情により、海外に出られない専門家、高齢ながら、有能な専門家の協力が得やすい。 (3) 個別派遣複数方式(従来のミニプロジェクト方式相当)でチーフ必要の場合、この専門家の中から選定。 (4) 従来以上のOJT方式推進により、当該国の企業、大学及び研究機関との交流が活発化し、支援効率が向上する。
ODA予算30%カットが話題になっているが、支援方法を改革しない限り、単に案件数を減らす方向になりかねない。本提言の実現によって、少ない金額で、より多くの国々に、効果的に、技術協力を実行できると確信している。 しかし、改革は一朝一夕には出来ないし、痛みも伴う。そこで、現在プロジェクト方式による技術支援要請案件の中から、モデルを選び、個別派遣方式か、個別派遣複数方式として実施してみたらどうだろうか。 生産性向上支援で、過去にミニプロ方式であるが,専門家がチーフを兼務して、成功した例があり、先の材料技術開発(サンパウロ・IPT)もチーフは専門家が兼務した。このような事例は沢山あるに違いない。 プロジェクト方式の場合、シンガポール生産性,タイ国金属研究所、材料技術開発(IPT)などで、日本国内に支援委員会をつくり、バックアップした例は数多く、提言の支援本部室の設立に問題はないと確信する。 全面的に移行するには、一定期間必要なので、それまでは、従来方式が継続実施される筈である。この際のチーフ、リーダーの人選は、要請案件の専門家の中から選ぶべきである。兼務していただくの意である。 プロジェクト全部ではないが、チーフ、リーダーの人選が慣例化され、官庁定年退職者あるいは退職間際の人が専門知識なしで、派遣される傾向がみえる。事実とすれば、業務調整員同様、早急に廃止して欲しいところである。
以上、私の海外技術協力経験をベースにODA改革の提言をしたが、脱稿寸前の7月(2002年)本年度ODA予算10%削減が確定している。本提言の実行が技術協力予算の大幅削減になることは、確実として、次の2項目について、是非改善努力して欲しい。 ① 第一は、派遣専門家の業務負担増し対策である。従来のチーフ、リーダー及び業務調整員の業務も兼務することになるなるため、かなり、多忙になると予想される。しかし、私の経験でも、在外公館の協力を得れば、無理なく消化可能と考える。必要ならば、若干の特別手当を支給するのも一案である。 ② 第二は、JICA、各官庁の窓口業務が煩雑化するだろうの予測である。中でも、要請案件にマッチする専門家の人選が最重要であるが、従来のプロジェクト派遣ルート、例えば、ブラジル生産性向上では、社会経済生産性本部、タイ国金属研究所では、素形材センター、材料技術開発(サンパウロ・IPT)では、金属研究所(筑波)などに人選を依頼し、同時に対応本部室の設立も全面的に協力いただければ解決する問題である。
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